法律コラム

なぜ企業にコンプライアンスが必要か?

 

 

2020年6月2日(火)

【なぜ企業に法務やコンプライアンスが必要か?】

弁護士法人琉球法律事務所
弁護士 絹川 恭久

 

 近年、企業の現場で「コンプライアンス」とか「リスク」という横文字言葉が使われることが多くなっております。これは沖縄県内の企業にとってどういった意味があるでしょうか?

SDGs(Sustainable Development Goals)(持続可能な開発目標)という言葉が政府などで盛んに取り上げられております。「ESG」、つまり、EnvironmentSocialGovernanceの三つの要素を考慮して、これらに優れた企業株式に投資する「ESG投資」などが注目を浴びております。企業価値がただ単に売上や収益性だけでは決まらないという価値観が広まっています。こういった世の中全体の価値観の変化を反映して、目先の利益よりも法令順守、すなわち「コンプライアンス」を重視しようという動きがあることは否定できません。 

 しかし、これだけでは少し崇高すぎる話、大企業や公的機関などの遠い話であり、沖縄県内の企業、日本国内の大多数の中小企業にとっては関係がない話に聞こえてしまいます。しかし、実際には「コンプライアンス」は企業規模、民間か公的機関か、などとは関係なく等しく重要な問題です。

 

 身近な具体例を取り上げます。つい先日、沖縄県中央卸売市場の競りで青果会社の元職員の競り人が7年間にわたって不正取引をしていた問題が県内の新聞・テレビなどで報道されました。後追い報道では、「県に業務改善計画書を提出した。再発防止の対策として、徹底した在庫確認や競り人の配置換えなどのほか、役職員の意識改革のための研修実施を示した。役員責任についても触れ、役員報酬の減額も盛り込んだ。」などと改善措置をとったことを報道しております。詳細はこちら

 7年間も不正取引が継続していたということですが、関係者はなぜ気づかなかったのでしょうか?関係者には青果会社内部の職員だけでなく、競りに参加する外部の業者もいるはずです。おそらく気づいていなかったのではないでしょう。気づいていながら放置していたか、不正取引に気づいても「そういったものだからしょうがない」ということで現実を追認していた状況があるのではないかと(著者が勝手に)想像します。

 競りに参加していた外部業者も、気づいているけど不正を指摘したら自分の会社が不利に扱われてしまうので黙っていよう、と思ったのかもしれません。

 真相は分かりませんが、「コンプライアンスを徹底する」ということは、こういった状況で、「不正は不正、悪いものは正されるべき」という厳格な態度を貫くことです。たとえ自分の会社の一時的な損失になるとしてもです。

現実にはなかなか自分が損を被ってまで不正をただそうという人はいません。子供のいじめ問題も、気づいていて見て見ぬふりをしてしまうのは、不正を指摘することで自分がかえって損を被る(いじめを受けてしまう)ことを怖がる心理があるからです。

  卸売市場のような明らかな不正以外にも、身近にはついつい犯してしまう、小さな不正はよくあります。80キロ制限で10キロオーバーの90キロで運転することは、違反といえば速度超過違反ではあります。定時午後6時で退社させるべきところ、ついつい職場で働いている従業員の厚意に甘えてサービス残業させてしまうことがあるかもしれません。公園で屑籠が見つからなかったので、面倒になってついポイ捨てしてしまった、という人もいるかもしれません。

 小さな問題だから、皆も守っていないし実際には取り締まられないから、相手がいいと言っているから、という理由や言い訳はいろいろ考えられます。しかし、それを続けていると、どこまでが許されて、どこからが許されないのか、の境界がだんだんわからなくなってくるのではないでしょうか?気づいたら、10キロオーバーではなく20キロオーバーして違反切符を切られるかもしれません。実際は従業員が遠慮していただけで、退職後に労基署にかけこまれて未払い残業代を請求されるかもしれません。ポイ捨てが見とがめられてネットに投稿され、企業イメージが害されるかもしれません。

 

 厳しいことを言うと世の中の問題は因果応報、自らが行った行為は自らに跳ね返ってきます。普段から自らを厳しく律している人は、そもそも問題を指摘されにくいですが、何か不測の問題が生じた時でもしっかりと自分の正当性を主張できるでしょう。ついうっかり、とか、皆がやっているからいいや、という理由で自分を甘く律していると、問題があった時に正当性を主張して自分の立場をしっかり守ることができにくくなります。

 その時に失うものは何か?単に少々の罰金や違約金を払って終わる問題でしょうか?小さな不祥事でも、金額以上に世の中の信頼、取引先からの見え方、顧客に対して胸を張って営業をする自信、そういったものも害されてしまうことがあります。失ってしまったこれらを再び取り戻すのは、時間もかかりますし、大変な努力がいるものです。

 違反が露見してしまった後に業務改善や信頼回復の努力をするよりも、日々自らを律することを習慣づける努力の方が、実は安価で容易な努力かもしれません。日常コンプライアンスを重視することは、長期的にみて余計なコストを予防する、経済的にも合理的な行動なのです。

 

 先ほど申し上げた、SDGs、ESGなどという言葉が叫ばれるようになった昨今、法令順守、コンプライアンス、というのは、予想外のコストやリスクを回避して企業価値を守る、非常に合理的な行動といえるでしょう。法務部門、顧問弁護士、というものはそういった企業価値を支えるサポート役です。自社の企業価値をしっかり意識して、適切に法務部、弁護士を活用し、しっかりと自社の企業価値を守っていくことをお勧めします。